ナイトオブシックス専用KMFとして開発されたモルドレッドは、砲撃性能に特化し、防御力に優れた重量型。現在最も開発が進んでいると言われている第七世代KMランスロットや、同僚たるナイトオブラウンズのどの専用機と比較しても、かなりの物量を誇る機体に搭乗しているのは、見合わない小柄な少女だ。
 神聖ブリタニア帝国最強の十二騎士の一人、アーニャ・アールストレイムは、コックビッドの中でひたりと視線だけをただ左右に巡らせていた。
 重量級とは、その通り速さでは他の機体に劣る。……とは言っても、ナイトオブラウンズの専用機であり、搭乗しているのは帝国最強と自他ともに認める実力を誇る紛れもない騎士であるからして、下級の相手に負けるべくもない。
 が、今、相手にしている機体は少なくとも速さという性能面でモルドレッドの上を行く。その性能をしかと発揮できる人間が搭乗していれば、アーニャもまた気を緩めることはできない。
(………右か、左か)
 交互に視線を這わす。肉眼で相手機を確認することはできない。レーダーが指し示すのは、真正面。未だに動く気配のないそれが、わずかでも反応を示したときが、勝負。
(――両方!)
 動いた。しかしレーダーはまだ真正面の定位置を保ったまま。動いた、とアーニャが認知したのは、自身が戦場で培ってきた、勘。
 刹那、左右から伸びてきた黒い鉤爪。アーニャ自身の反応で、モルドレッドの機体が片足のみ後退する。左側から飛んできたアンカーは払い落とし、右側のものは腕を差し出すことで自ら巻き付けた。操縦桿を勢いよく引き寄せる。機体の体重が後退した左足に傾く。
「まだ、甘い」
 呟き、レーダーのポイントが接近してくると同じくして真正面から突進してくる機体、巻き付いていた右腕のワイヤーを左足を支柱にして牽引、引き摺られる形にそのまま相手機が目測数メートルの位置にまで接近、背中から倒れ込もう相手に両の腕を振りかざそうとした、その、瞬間。
「っ?!」
 右腕に巻き付いていたワイヤーが強く張った。土煙が巻き起こる。突如、下方からの重力。それが相手機の折り込んだ脚部の踵部のホイールが、右腕と繋がっていたワイヤーが瞬間的な緩みを生じたその一瞬に急激な逆回転を起こした故と判別できたのも束の間、またその一瞬の隙に体勢をモノにした機体の腕が、高く突き上げられて――
 アーニャの口元は無表情を取り戻し、手、その指先だけが意のままに動く。
「速さで負けるなら、力で勝つだけ」
 あえてその格闘技を避けることはせず、当初の思惑通り、けれど反応速度を上げることで突き上げてくる手刀に対するパワーも上がる。押しつぶすかのように両肩の装甲をそのまま眼下の機体に向けて連結させた。
 相手は体当たりしようとした攻勢ごと、モルドレッドの最高峰と謂われる火力を擁したハドロン砲の銃口に無防備にも晒される。アーニャがボタンひとつ押せば、軍艦すら一撃で破壊する強力な火が噴かれる。
 決した勝敗。
「……私の勝ち」
 アーニャは普段と変わらない、感情の読めない平坦な口調で告げる。
 動かない機体。
 間もなく、モルドレッドの下になった機体から、一人の少女が出てきた。
 キャラメルブラウンの髪を柔らかくなびかせ、アーニャと同じく軍人のようには全く鍛えられていない細い腕に小柄な体躯。笑む顔は見る人間の心を解すような温かみがある。
 これが今、ナイトオブラウンズの一人であるアーニャに果敢に仕掛け、飛び込み、不意を突こうとしていた人物とは思い難い。彼女はまさにお姫様という偶像を具現化したような存在だ。が、アーニャに一瞬でも泡を吹かせたのは事実。
「やっぱりアーニャは強いですね」
「マリアンヌ様以外に負けたらラウンズ失格」
 まあ、と彼女は「それもそうですね」と楽しそうに笑う。それは事実と本音と、そして牽制でもありながら。
「……でも、ハンデはそろそろきつくなってきた。強くなってる。――ナナリー様」
「ありがとうございます。でもハンデをなくしたら私はモルドレッドに焼かれてしまいますから、ダメです」
「ずるい」
 だから自分が勝つまではハンデ解禁厳禁、と暗に告げた相手を、やはり表情は読みにくいけれど、けれど確かに恨みがましくアーニャ。そんなやりとりを愉快そうに楽しんでいる彼女は、紛れもなくブリタニア帝国の皇位継承権を持つ皇女殿下、ナナリー・ヴィ・ブリタニアその人であった。


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「……大丈夫だと思う?」
 端的に問えば、ルルーシュも頭を椅子の背もたれに乗せてスザクを見上げた。
「お前初めて俺と会ったとき、俺の騎士になると想像できたか?」
「…………」
「人生、どう転ぶかわからないだろう」
 クスクスと愉快そうに肩を揺らしている。スザクはルルーシュとの出会い頭を思い出すついでに、彼の騎士になる経緯をまで思い出してつい釈然としない表情が表に出てしまった。それがさらにルルーシュを楽しませてしまう。
 切欠は必要だ。スザクもまた、それはルルーシュの母、マリアンヌに与えられたと言っても過言ではない経緯がある。
 けれど最終的に決めたのは自身だ。マリアンヌとルルーシュ、二人のやり方は、少しばかり、けれど決定的な意味合いでの相違がある。それがスザクにとっては懸念になっていたのだけれど、ルルーシュに告げる気にはならない。まだ始まったばかり。水を刺すのは悪いと思ったし、スザクとしても妹のように大事に思うナナリーに騎士は必要だと思っている。ロロのことはルルーシュのように完全に信を置いているわけではないけれど、現状では最善の人選だ。そう思うことが、またスザクに憂いをもたらしたけれど、今は気にする段階ではない。
「できれば二人にはうまくいって欲しいと思っているんだ」
「……そうだね」
 だからルルーシュの期待には心から同意した。
 まだ、始まったばかり。
 スザクがルルーシュの騎士になることは、互いにとって必要だった。願わくば、彼らもまたそうあればいい。声には出さずとも、それがルルーシュとスザク、二人の共通した思いだった。