※スザクとルルーシュは二年ぶりに再会しました。再会したとき、ルルーシュはスザクになんかしたようです。

 アッシュフォード学園は海を隔てたブリタニアの貴族がその昔に日本に創設した幼稚舎から大学院まで備えた一貫校である。本国でも高名なアッシュフォード家の創設した由緒正しい学園として、昔から日本へ多くの良家子女の留学生が通っている。
 高等部まで通っていた生徒は本国に帰国したり、そのまま大学へ進学するか、はたまた自らの夢を見つけ進むかは様々だ。一方、大学から留学してくる生徒も多く居る。
 ジノ・ヴァインベルグも、その一人だ。
 スザクが大学二年の時に留学してきたジノは、スザクが所属する弓道部に興味本位で顔を出した折、どういうわけかスザクを気に入ってよく絡んできた。若干鬱陶しい……と思わないわけでもないが、部活の後輩となってしまえば面倒を見ないわけにもいかない。ただし後輩と言っても、生まれの所為かただ単に性格の所為か、あまり後輩らしくない言動には年功序列社会で育ってきたスザクにとってやはり若干鬱陶しいときもあるのだが一年以上付き合っていれば悲しいかな慣れてもしまうわけで。
 今日も今日とて、一学年違うはずなのに同じ講義を取っていた彼は、そのまま昼食もスザクに付いてくるのはもはや日常茶飯事。
 大学部は高等部とは別の敷地にかなりの規模を誇っていて、学食もカフェから本格イタリアンや和食が食べられる食堂が点在している。天気が良い日には外のガーデンでランチを広げる姿も目立ち、今日はスザクもテラス席での特盛りハンバーグ定食を学生の懐に優しい安価で頂くことにした。目の前に陣取ったジノは、ジャンキーなバーガーセットにかぶりついている。
 元々スポーツ系での推薦入学だったスザクは体育学の専攻のため、国際学部に籍を置くジノとは専門外も良いところ。こうして基礎科目で同じ講義を取っていることが不思議でならず、昼食時の会話も講義内容の相談など到底できないわけで、会話と言う会話も与太話が殆どだ。
「なあなあスザク、【ゼロ】って知ってるか?」
 そんな与太話の一幕、思い出したように問いかけてきたジノにスザクはハンバーグを頬張りながら首を傾げる。
「また特撮か何かにはまったの?」
 日本のエンターテイメントに強い興味を持っているらしいジノは、以前、日曜日の朝に放映しているテレビ番組に非常な興奮を覚えたらしくスザクに熱弁してきたことがある。なんとなく【ゼロ】と聞いて、五人組くらいで端に居る黒い衣装を着てそうなイメージだと脈絡なく思って口にすれば、「違う違う」と首を横に振った。特徴的な三つ編みが後ろで調子よく跳ねている。
「最近、ちょっとした有名人みたいでな。私も小耳に聞いただけなんだけど、都内の駅近くのパブによく出入りしてるらしい超美人なんだと! 噂になるくらいの美人ってかなり気になるし、ちょっとその顔拝みに行ってみないか?」
 何だ、そんなことかとスザクは内心で期待はずれ。
「興味ない」
 の、一言で再び目の前のこんもり盛られた白飯を食べることに専念すれば、ジノは「ちぇー」と言葉だけの舌打ち。
「相変わらずスザクはお堅いなぁ」
 予想通りの返答だったらしく、少しばかりつまらなさそうな表情をされたが、そんなジノの落胆などスザクは痛くも痒くもない。彼は彼でバーガーの横に盛られたポテトフライを摘みながら、まだぶうぶう言っている。ジノにしてみたらただ単にスザクを酒に誘う口実だったのかもれないが、基本的にスザクはあまり酒を飲まない。下戸ではないが、酒を飲んだときに妙に鈍る体の感覚があまり好ましくないというのが理由の一つ。成人してからも部活やゼミナール、後は友人の付き合いで嗜む程度、家の冷蔵庫には酒類を入れたことがない。……と、そこで、唐突に過日の記憶が蘇る。酒などに執着がないと思っていた高校時代の友人が、冷蔵庫にはミネラルウォーターと缶ビールしかないのだと言っていた――――
(……あれ?)
 何かが引っかかる。
「…………ちょっと待って、ジノ。名前、さっき、何て言った?」
 完璧に聞き流していた。が、記憶に網掛かる妙な違和感。ん? と、ジノは口に入れたポテトを飲み物と一緒に喉に流し込む。
「ゼロだって。これがまたミステリアスって言うか胡散臭いって言うか。絶対本名じゃないだろうし」
(ゼロ……?)
 やはりどこかで聞いた名前。つい最近、耳にして、確か自分も口にした。
(……ルルーシュの、偽名……?)
 スザクの眉間に皺が寄った。先日のやり取りを思い出して、蔓をたぐるように、スザクにしてみれば腸が煮えくりかえりそうなくらい意味が不明な仕打ちも一緒に思い返されてしまい、不快感さえぶり返す。
 あの時のことをスザクは未だによく整理できないままで居る。
 どうして高校時代の友人の様子を彼の妹の頼みで見に行ったと言うのに、あんな拒絶をされた挙げ句、男にキスなどされなければならなかったのか。それも確実にスザクに対して悪印象を持たせるやり方だ。思い出すだけで腹立たしくもなってくる。
 彼が『面倒だから』と使ってると言っていた偽名が、確か【ゼロ】だった。
 だからどうした、という思いがこみ上げる。もしジノが言う【ゼロ】が高校時代の友人だったとして、それがどうしたのだろうか。あんな風に嫌がらせをされた相手、今はまともに顔を合わせられる気がしない。あの時だって話も通じなかった。スザクが言うこと全てをはね除けるような態度。挙げ句の仕打ち。――ああ、腹立たしい。
「……………………やっぱり行く。そこに連れてってくれ、ジノ」
 しばらくの逡巡の後。スザクが出した答えは、結局それだった。
「おっ、マジ?! やっぱりスザクも極上の美人ってったら気になるよな!」
「そんなんじゃないよ」
 ――それに極上の美人って言ったら、やっぱりルルーシュだ。
 あまりに自然と思い浮かんでしまったそんな感想に、慌ててスザクは内心で否定。
(ッ、あんな友達甲斐のない奴、思い出すな!)
 ――でも、やっぱりルルーシュにも何かあったのかも知れない。
 そう思わないとどうしても納得できないくらい、やはり先日会ったルルーシュはおかしかった。スザクの知る彼とはあまりにかけ離れていて、未だに実は別人だったのではないかと疑いたくもある。
(……だいたい、あんな煙草の数は体に良くないだろうし、食生活だってどうなってるんだよ。女の人相手に偽名を使ってることだって、考え直した方が絶対良いに決まってる)
 残りのハンバーグを口の中で咀嚼しながら、思いを馳せる。あまりの突拍子もない仕打ちについカッとなって思考が停滞しがちだったが、一度改めてルルーシュのことを考えてみると、疑問はいくらでも浮かんでくる。あの時のルルーシュはスザクを挑発していたのではないだろうか、ならばそのまま乗せられた自分はやはり浅慮だったのではないだろうか。もっとルルーシュと話をしてみるべきなのではないか、いや、でもあれがルルーシュの本心だったら自分はこの先、ルルーシュとはきっと付き合っていけない。ルルーシュとの高校時代の思い出はスザクにとっては今でも大切な物だ。それを壊すような真似はしたくない。ならばやはりもう放っておくべきか。だけどそう思うのならば、なおさらもう一度ルルーシュと向き合うべきなのではないだろうか――そんな二律背反ばかりを繰り返してしまうことが一層忌々しい。
 結局、特盛りと言うだけはあるハンバーグとてんこ盛りの白飯を平らげるまで不毛な自問が続くこととなった。ジノはそんなスザクにいくらか声を掛けていたようだが、完璧に上の空になっていたスザクにその声が届くこともない。昼の講義がなかったためにそのまま弓道場に足を向けるまで、スザクはルルーシュという雑念を追い出すことができなかった。