「ルルーシュ!」
 まるでこれからやって来る秋と冬を通り越して一気に春が訪れたようだ。
 桜色の緩やかな糸をふんわりなびかせ、羽が生えたかのように軽く飛ぶ。白い頬はうっすら朱を引き、宵闇の手前を思わせる瞳が印象的。浮かぶ歓喜の表情。何よりも現れた彼女は、『お姫様』と言うに相応しい愛らしさ。はちきれんばかりの笑みに胸が高鳴る。
 彼女はたった一人だけを見つめていた。
 見つめ、そして手を伸ばす。スザクの視界の端からも腕が伸ばされた。そうであることが必然であるかのように、二本の腕と手指が絡む。
「ユフィ」
 その声に、彼女の顔に輝きがさらに増した。これ以上の愛くるしさがあるのかと思うほど、彼女は次から次へと表情を塗り変えていく。
「ルルーシュ、会いたかった!」
「俺もだよ、ユフィ」
 触れて、抱きついて、挨拶のキス。ブリタニア人としては当然のそれ。けれど見慣れていないせいか、スザクはその光景に食い入ってしまっていた。ユフィと呼ばれた少女から目が離せなかった。彼女を見つめるルルーシュの瞳は今までみたことがないほど、優しさと慈しみに溢れていた。
 二人の世界がそこにあった。まるで他者を入り込ませないような、一枚の絵画のよう。
 けれど彼女は直ぐに他の面々にも気付いて、ルルーシュに触れた腕は解かないまま、顔を上げた。
「ミレイさん、お久しぶりです」
「ユーフェミア様、ようこそ日本へ、そしてアッシュフォード学園へ。心より歓迎いたします」
 普段は傍若無人ともとれる行動すら起こしかねない学園の女王が見せたのは、立派な淑女の立ち振る舞い。彼女が皇家に傅く家柄の人間であることを、初めて思い知らされる。
「ロイド伯爵、セシルさんもお久しぶりです。シュナイゼルお兄様から、どうぞよろしくと、お言葉を預かっています」
「もったいないお言葉です、ユーフェミア様」
「よろしくって言うならユーフェミア様からも兄君に予算上げるよう頼んで――」
「ロイドさん!」
 怒声と一緒に鉄拳により沈んだ頭はいつもの姿。クスクスと笑っている様子を見る限りでは、彼女もまたこの光景が日常茶飯事であることを知っているのだろう。
 そうして彼女がひたりとスザクを見た。首を傾げ、目を数度瞬き。その一つ一つ全ての動作をスザクはじくと見る。
「枢木スザク。ナナリーやロロからも話を聞いたことがあるだろ?」
 助け船は幼なじみから。
 彼女はルルーシュに向けていた顔をもう一度スザクへと戻した。そして、笑った。
「あなたが、スザクですね! ずっとお会いしたかったんです!」
 彼女の手がルルーシュから離れ、スザクの行き場なくぶら下がっていた両の手を握った。あったかい。柔らかい。至近距離に見る顔は、本当に愛らしい。
「……あら……」
 ミレイが呟いた。
 直後、ユーフェミアの視線がスザクの向こうに何かを見つけたようだ。躊躇いなく逸らされてしまった瞳を残念に思い、その視線の先を無意識に追いかけてみたら、スザクには見慣れた女性の姿。
「C.C.さん……」
 呼ばれた彼女は、一歩引いていた輪に歩み寄る。思わず省みれば、ユーフェミアの顔からは笑顔が消えていて。彼女はブリタニアからルルーシュと共に来たのだから知り合いであることは不思議ではないのだが、何だろうかこの雰囲気はと思えば、C.C.がいつの間にかスザクの真横まで来ていた。
「久しいな、ユーフェミア」
「……本当に、ルルーシュと一緒に日本に来ていたのですね…」
「マリアンヌから聞いていないか? 坊やのお守だよ」
「おい待て。誰が坊やで誰がお守りだ。生活堕落者の面倒を見る羽目になっているのは誰だと思っている!」
「男一人で暮らすよりもよほど健康的な生活を送らせてやっているんじゃないか。それが私の狙いだってわからないかな、お前は」
「うら若き男女が一つ屋根の下で暮らすことが健全とは一般的には言い難いと思いますけどね〜」
「安心しろ。この坊やに女を襲う度胸はない。マリアンヌからはいっそのこと手取り足取り教えてやっても良いと言われているがな」
「な――ッ?! か、母さんは何を考えてるんだ!」
「良い歳になった息子を心配して居るんだろう。いつまでも童て」
「お前いい加減に黙れ!」
 ああ、これはいつもの光景だ。C.C.がルルーシュを弄り、ルルーシュが面白くらい反応するから益々C.C.の茶化しは止まらない。ついでにロイドやミレイも便乗するところがあって、セシルはニコニコと傍観の構えだ。