○恋ときみと愛とぼく


 あったかいものが飲みたいわ。
 冬の日。吐く息は白い。北風に身を縮ませれば、首元にくるくる巻いたマフラーに半分顔が隠れてしまう。もこもこの手袋。繋いだ手は全然相手の体温が感じられない。けれど繋がっているという事実に心がほっこり熱が灯る。
 あったかくて、甘いのがいいわ。トッピングは何がいいかしら。やっぱりクリーム? それともシナモンを効かせるのがいいかしら。身体を温めるにはジンジャーもいいかも。マシュマロを浮かべるのも可愛いわ。
 湯気の立つ甘い薫り。想像するだけで幸せな気分。
 浮き立つ声で並べた味付けに、隣で歩く彼はちょっとげんなりな感じ?
「……てゆかユフィ、それは俺が作ること前提だろう……?」
「え? え? ……あら?」
 そんなつもりは一切なかったのだと弁解しようとしたけど、思い描いていたのはまさに彼が作った物だったのだから弁解のしようがない。
 都合を考えず勝手に思いめぐらせてしまったことを上目で謝る。ごめんなさい。でも飲みたいの。
 仕方ないな、手を握る力が少し強くなった。
 今日はこの冬一番の寒さになるでしょうと言っていたのは朝のお天気お姉さん。
 本当かしら?
 寒いからあったかいものが飲みたいんじゃないのか?
 家路を急ぐ間の他愛ない会話。
 風は相変わらず冷たい。二人揃って、真っ赤なお鼻。彼の首元には彼女が買ったブルーのマフラー。彼女の首元には彼が買ったタータンチェックのマフラー。寄り添って、繋いだ手が足を同じ歩調で進ませる。


 そうして帰り着いた家で彼が作ってくれたのは、シンプルなココア。結局トッピングは何も入れなかったけど、感想はお決まりの文句。
「やっぱりルルーシュの作ったココアが世界で一番美味しいわ」
「それは光栄です、お嬢様」

○こたえはなくてもいいんじゃない?


「ユフィ姉様、どうかしたんですか?」
 女二人のお買い物。まずランチで腹ごしらえをしてから、両手が荷物でいっぱいになった昼下がり。それじゃあお茶にしましょうかと喫茶店に入るのは自然の流れ。
 そこでユーフェミアはホットチョコレートを頼んだ。ナナリーも同じ物だ。
 茶色の香ばしい液体の上には白いクリームとフルーツの甘煮にミントの葉っぱ。仄かに香るリキュール。味のハーモニーが絶妙に絡まって、美味な一品。人気メニューなだけはある。
 が、ユーフェミアは一口飲んで、カップをソーサーに戻す。また、一口。またまた一口。納得のいかない顔。どうかしたのかと尋ねたのはもちろんナナリー。
「美味しい……のだけど、何か、物足りない感じがして……」
 それは頼んだホットチョコレートへの感想。
 ナナリーは、はてと首を傾げる。熱で広がったクリームと一緒に飲めば、身体が糖分を得て弛緩する感覚。甘さだって割と控えめでナナリーにはちょうどいい。お気に入りの一品になりそうだ。
「そうですか? クリームもオレンジも乗ってるし、美味しいと思いますが」
 むしろこれ以上トッピングが増えたら味も見た目もやかましいだけな気がする。それはそうなんだけど……とユーフェミアはまだ釈然としない様子。
 美味しいことは美味しい。だけど何か物足りない。
 一口、一口、一口。喉に流して、こくり。
「……やっぱり、ルルーシュの作ってくれたココアの方が美味しいわ」
 そんなことを言い出すものだから、ナナリーもユーフェミアの疑問に合点。
「……今度、お兄さまに美味しく作る秘訣を聞いてみるといいかもしれませんね」
 ユーフェミアはナナリーの提案には花を咲かせた。
 そうね、それがいいわ! ……でも作り方を教えてもらって私が作ったところでルルーシュと同じくらい美味しいココアが作れるかしら。やっぱりルルーシュが作ったのが一番いいわ。だってルルーシュに作ってもらったものが一番美味しいもの。一番好きだわ! どうしてかしら。ねぇナナリー、どう思う? どうしたらルルーシュみたいにあんな美味しいものが作れるのかしら。
 確かにナナリーの兄は料理上手。生来の完璧主義・凝り性・面倒見の良さ・その他諸々の末の腕前と言うべきか。ナナリーだって兄の作った物は好きだけれど、このホットチョコレートだってナナリーにとっては優劣つけがたい美味しさなのだ。
(どちらも美味しい……ではダメなんでしょうね、ユフィ姉様の場合)
 ナナリーはそれでよくても、ユーフェミアはどちらかが美味しいでないとダメらしい。
 その理由は?
(今度、お兄様に味の秘訣はユフィ姉様への愛情ですかと聞いてみようかしら)
 未だどうしてかしらと首を傾げているユーフェミアを見ながら、ナナリーはホットチョコレートを飲む。
 あ、やっぱり美味しい。

*** ***


「…………何でカフェラテなの?」
 頼んだのはココアだった筈だ。なのに漂ってきたのは、甘さ漂うカカオではなくて芳香なコーヒー豆。目の前に置かれたカップに入った飲み物は予想通り。色だって、ずいぶん違う。
 これはこれで美味しそうだが、要望と別の品物にクレーム。
「お前、いつもラテを飲んでるじゃないか」
「僕が今日飲みたかったのはユフィが絶賛してたルルーシュのココアだよ」
「それは残念だったな。ココアの粉がもう残り少ないんだ。補充したら作ってやるよ」
「……少ないってことはまだなくなってないんでしょ? なら……」
「ユフィが飲みたくなった時にないと困るだろう。彼女はいつも唐突に言い出すから、いつでも間に合う状態にしておかないといけないんだ」
「………………ごちそうさま」
「? まだ飲んでないじゃないか」
「ああ、うん。いただきます」
 なんかもうお腹いっぱいだけどね。



○あまいえいえん


 そんなに美味しいか? と、少し照れくさそうな顔に浮かんだ悪戯心。
 美味しいわ。とっても美味しい。あなたが私のために作ってくれるから、きっととても美味しいのね。
 唇を合わせる。ふわりと薫りが移る。口の中に残っていた味がじわりとお互いに行き渡る。
「これが、私が世界で一番好きな味」
「……甘いな」
「ええ、甘いわ。とっても甘くて、美味しいの」

 世界で一番、大好きよ。




恋ときみと愛とぼく




title & thema by キンモクセイが泣いた夜
きな子/2011.05.07(20110109初出)