「恋文を書いてちょうだいな、ルルーシュ」
「……は?」


 うららかなる午後の一時。たおやかな風に吹かれ、新緑の芝生に広げられているのは揃いの弁当。
 少し離れた校舎内には昼休みの賑やかさがあったが、ここはまるで世界が切り取られたように静か。神聖ブリタニア帝国の皇族が2名――年の同じ異母兄妹は周囲の視線を気にせずにすむ場所でお昼を食べるのが日課だった。


「恋文って……何でまたそんなもの?」
「そんなもの、って、失礼ねルルーシュ!」
 可愛らしいおねだりモードから一転、頬を膨らませたユーフェミアにルルーシュは失言だったのかとフォロー。
「いや、突然恋文を書いてなんて言われて驚いたというか…」
 そもそも何故、恋文?
 首を傾げるルルーシュに、ユーフェミアは得意顔。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに少しばかり身を乗り出して説明。
「今日ね、日本国の古典の勉強をしたの。ええと、確か平安時代の読み物だったわ」
「ああ……」
 言われてルルーシュは視線を彷徨わせた。記憶の中から該当する知識を引き出す時の仕草だ。ルルーシュが博識であることはユーフェミアも無論承知の上。『恋文』と『平安時代』というキーワードから、ルルーシュが正しい解釈をしているだろうことは疑わない。
「昔の日本人は、顔も知らない相手に恋文を送ることでお互いを知って想いを深めたのでしょう?とても素敵だと思わない?」
 頬を少し染めて楽しそうに語る姿は、やはり女の子と言うべきか。特にユーフェミアはその可憐な容貌からも、こういった話題がよく似合う。とりあえずルルーシュはユーフェミアの言いたいことも理解していたし、彼女の言葉にも「そうだね」と頷く。それはユーフェミアど同じように「恋文が素敵」という訳では、残念ながら、なかった。
「日本人の文化レヴェルはブリタニアのものとは一線画しているからな。とても興味深いと俺も思うよ」
 そうルルーシュが答えれば、ユーフェミアは「もう、ルルーシュってば!」と批難。意図のずれた答えがお気に召さなかったのだろう。その理由に思いつく宛もないルルーシュは再び首を傾げた。
「それで、どうして俺に恋文を?」
「だって素敵だって思ったの。私、恋文ってもらったことないし」
「え?…ああ、そうか」
 姉上が、という呟きはルルーシュの口の中で消える。
 ユーフェミア程の皇女ならば恋文のひとつやふたつ、どころか百通だって送られても不思議ではないのだが、彼女の実姉のことを思えばそうはいかないだろう。多分にその手の手紙は全て検閲された上で、破棄されているに違いないと想像することは実に容易い。お陰でユーフェミアは少々世間ズレした温室育ちな面があるのだが、ルルーシュもそこは人のことを言えないので異母姉の行動にケチを付けるつもりはない。
「どうせなら日本人のスザクに頼めば…」
「スザク?」
 ぽろりと零してしまった名前に、ルルーシュは「……いや、まずいか」と即否定。恋文、即ちラブレター。そもそも書いてと頼んではい書きましょうと答えられるものではない。
 ルルーシュは残り半分ほどになった弁当を突きながら考える。
 ユーフェミアが欲しがっているのは、相手に直接を想いを伝えるような恋文ではない。特に彼女が見当付けていた時代の恋文と言えば、歌が盛り込まれていたり、字が上手であったり、はたまた洒落ているか等々の条件がつくものだ。相手の気を引く為には、字面から便箋、香といったものにまでセンスを問われる。
 無論、それらは全て想い人を懸想してのもの。何よりも相手のことを想った物であらなければならない。
 ルルーシュは当然ながらユーフェミアを愛おしむ気持ちは持っている。それを形にすることは気恥ずかしさはあれど、無理な話ではない。
「ユフィ。別に書けなくはないけど…」
「本当?!」
「ああ。…けど、必要ないんじゃないか?」
 それにユーフェミアは「え?」と、大きな目をぱちぱちと瞬かせ、ルルーシュを見る。
「昔の姫君は外には自由には出られなかった。想い人に会うこともできなかった。―――でも、」

 ユフィは違うだろう?

 当たり前と言えば当たり前。わかりきっていたことといえばわかりきっていたこと。
 けれどユーフェミアは驚いたように暫しルルーシュを見詰め、―――徐々にその愛くるしい顔に可憐な笑みが広がった。
 ユーフェミアは直ぐ近くにあったルルーシュの手をとる。昔のお姫様はこうして好きな人に触れることも叶わなかったのか。そう思えばこそ、相手の温もりを感じられることのなんて幸福なことだろうか。

「……じゃあ、ルルーシュ。恋文は書かなくていいわ」
「ユフィ」
「その代わり、言ってちょうだい。言葉が欲しいの。飾らなくて良いから、ルルーシュの声で、直接。」

 鈴が鳴るような声での懇願。とてもよく似通った色の瞳が絡み合った。よく見えるようにとルルーシュはユーフェミアの頬に手を当てる。さらりと桃色の髪が落ちた。
 ルルーシュもユーフェミアも互いに、微笑んだ。


「好きだよ、ユフィ」


 くすぐったいくらいに穏やかな風が再び彼らを撫でた。




優響5題/1.恋文





きな子/2007.07.05