――2月14日、バレンタインデー。
 ルルーシュ・ランペルージはこの日、大きな決意を秘めていた。


(スザク……ああ、今日もふわふわのイケメンだな)
 女子よりも素で白い頬を今日ばかりはほんのり赤く染めて。ただひとりを見つめる紫の瞳はとろけている。その視線の先には、朝から可愛らしくラッピングされた箱を机の上に山にしておきながら、なおも女の子から次々と似た形状の物を手渡されている男子学生の姿。
 ――枢木スザク。
 栗毛色の髪を自由に跳ねさせ、笑う顔はほんわりベビーフェイス。ちょっとえくぼができるところがまた可愛い。健康的な肌色に、一見細身にも見える体躯は、服の下、引き締まっていることを知っている。(体育の着替えの時に盗み見た)性格は至って温厚。朗らかで誰隔てなく付き合い、正義感も人一倍。これで好きにならない奴がいたらびっくりだ、と思うほど、学園の一、二を争うイケメンだ。(ちなみに学園一、二を争うもうひとりのイケメンであるルルーシュは机の上にこそ同じ物が山になっているわけではないが、机の中、ロッカーの中、げた箱の中(不衛生だ)、果ては生徒会室の机の上という、現状では未確認の場所に積まれていることを知らない)
 想い人に好意をチョコレートという形にして渡す聖なる日。
 ルルーシュは家から持ってきた、正真正銘、自分の手作りのチョコレートが入ってるカバンをつい抱き締めてしまう。
 今年、転校してきた枢木スザクは瞬く間に学園の人気者になった。もちろんルルーシュもあの甘いマスクながら精悍な男らしさを持ったスザク(何たって彼はスポーツ万能、柔道空手剣道は全国区、日本の厳格なストイックな美学すら感じられる武道全般にブリタニア人は総じて弱い。と、ルルーシュは思っている)に一目で落とされた人間の一人だ。ただ同じクラスながら、ルルーシュとスザクはクラスメートくらいの仲しか築けていない。生徒会副会長という立場で面倒を見たことはあれど、その程度だ。
 このままではいけないと思ったルルーシュにまさに転がり込んできたバレンタインデーという大イベント。これを利用しない手はない! と、ルルーシュは昨晩、最高級の材料を揃えてパティシエ顔負けのチョコレートを作った。味は最愛の妹のお墨付きだ。
(――勝負は昼休みだ!)
 予鈴が鳴って尚、スザクにチョコを渡しに来る女子生徒は後を絶たない。(因みにその間にルルーシュのロッカーは満員御礼になりつつある)その光景に焦りを覚えないでもないが、あんなミーハーな女子に割り込んでいくような真似はルルーシュのプライドが許さなかった。
 スザクは昼休みに屋上でひとりで買い弁を食べていることが多い。と、言うのも、屋上は普段施錠されているのだが、生徒会副会長という職権を乱用して(クラブハウスには学園内の殆どの鍵が揃っている)ルルーシュもまた時に息抜きと言うサボりをしていたのだが、一度、ルルーシュが寝ている時にスザクが絶好のサボり場所を見つけたらしく、それからと言うもの、時々昼休みに一人で昼寝をしていることをルルーシュは知っている。つまり屋上はルルーシュとスザクの二人だけが知る秘密の場所ということだ(※スザクはルルーシュに気付いていない)
 十中八九、スザクは昼休みに屋上へと避難するだろう。そうして自分は誰の邪魔もなく、スザクへチョコを渡せる。――完璧だ!
 ルルーシュはその確信に、内心で高笑いを掲げていた。ちなみに生徒会室から戻ってきたリヴァルの「チョコが山のようになっているから昼休みに引き取りに行け」という言葉は、もちろん聞こえては居なかった。

※ ※

 そうしてその日の昼休み。
 スザクは、ルルーシュからチョコを渡された。男から、しかも学園一の人気者のルルーシュ・ランペルージにチョコを渡されたことにスザクは最初びっくりしていたが、あまりにルルーシュが一生懸命なものだから、スザクはルルーシュをデートに誘っていた。
 もちろんルルーシュは大いに喜んだ。天にも昇るような気持ちだった。
 デートも楽しかった。ルルーシュも目に見えて楽しそうだったし、話も弾んだ。楽しい時間があっという間に過ぎるというのは本当だった。
 ルルーシュにチョコを渡されてから二週間。あと二週間後にはホワイトデーというイベントが控えていたが、何も二週間も待つ必要もない。善は急げという言葉もある。何よりルルーシュはスザクを好いていた。スザクもルルーシュと居るのは楽しかった。問題はないだろう。
 と、いうわけで。

「付き合おうか?」
 再び、屋上にて。
 天気は快晴、三月を迎える時頃の風も心地よく、まさにカップル誕生を祝福しているような天候だ。
 ルルーシュは目を丸くしていた。驚いているようだ。その表情が可愛くて、キスでもしてみたらどんな反応が返ってくるのだろうとスザクはちょっとわくわくしてしまった。どうやら頭の方にも春が来てしまったらしい。まあいいか、春だし。と、思っていたスザクには、頬を真っ赤にさせながら、ちょっと俯きながら、蚊の鳴くような声で返事をするルルーシュの姿がありありと思い浮かばれていて。
「ムリだ」
 その一言に、今度はスザクが目を丸くした。
「……はっ?」
 何だ? 聞き間違い? ルルーシュの顔は赤いどころか顰め面。蚊の鳴くような声どころか残酷なくらいに明瞭に、繰り返す。
「ムリ。ムリムリムリ、絶対ムリっ!!」
「えっ……ちょっ……ええ?!」
 いやいやいや、だって君僕のこと好きだろう?! スザクの叫びは声にならず。
「だって疲れるんだ!」
「……は?」
「スザクはイケメンだから服装に気を使わなきゃならないし」「視線を集めてたのは大半が君だったんだと思うんだけど」「美味しくない料理にも美味しいって言わなきゃいけないしていうかアレなら俺の作った料理の方がイケてるし」「それは食べさせてくれればいいんじゃないの」「つまらない話にも笑って相槌を打たなきゃいけないし」「つまらなかったんだ?!」「ナナリーとの時間が潰されるし」「ナナリーって誰」「妹だ。ものすごく可愛い子だぞ。いくらスザクでもナナリーを狙う気なら先ず交換日記で親睦を深めるところからじゃないと許さないからな」
「交換日記って君いつの時代の人っていうかそもそも僕は今君に付き合おうかって聞いたよね?!」

「とにかくスザクと居ると好きすぎて疲れるんだ!」

「…………………」
「次のデートは来年くらいでいいかなって感じで」
「らい……」
「だからすまない。スザクとは付き合えない」
 本当にすまない。伏せ目がちに紡がれる言葉は心からの謝罪なのだろう。そしてルルーシュはスザクに背を向ける。とりあえず引き留めようと思いつく前に、少し距離を置いて再びルルーシュが振り返った。
「付き合おうかという言葉、ありがとう。嬉しかった」
 なんて晴れ晴れしい顔だろうか。何の悔いも、思い残すこともない、清々しさに満ちた笑顔! ルルーシュは確かに満足していたのだろう。満ち足りた思いで、スザクの前を去っていく。
 屋上に残されたスザクは、春の訪れを感じる生暖かい息吹に一人ぽつんとさらされていた。

 ――ホワイトデーまで、あと15日。




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2010年2月開催のスザルルオンリーで発行したペーパー。
元ネタはN○Kの某コントです。恋愛音痴のバレンタインデー。いいじゃないか! と思いスザルルでやっていました。
ちなみにどっちか迷ったのですが、スザクだったら「大丈夫僕なら君の写真をオカズにしてヌけるから!」という台詞が入る予定でした。
きな子/2011.05.07(2010.02.28初出)